コラム

アメリカ合衆国の現状について思うこと

【第2次トランプ政権における混乱】

4年越しにドナルド・トランプがアメリカ合衆国大統領に返り咲き、その就任直後の行動が話題になっています。正直、前回の就任時とやっていることはそれほど変わりませんが、なぜか日本でも大きく取り上げられているのは、トランプ自身よりもイーロン・マスクの影響が大きいのかもしれません。前回のトランプ政権時にも多くのトンデモ大統領令を発布したのですが、バイデン前大統領がそれらを就任直後に全て破棄する大統領令を発布して、あるいみリセットされていたのです。そして、今回話題となっているのは、トランスジェンダーに関する大統領令です。

内容は以下の通りです。


・大統領令14168「ジェンダー・イデオロギーの過激主義から女性を守り、連邦政府に生物学的真実を取り戻す」(2025年1月20日)

連邦政府の公式文書において、出生時に割り当てられた生物学的性別のみを認める。

政策における性自認への言及を排除。

トランスジェンダー女性の女子スポーツ参加を禁止。

幼稚園から高校までの教育において、ジェンダー・アイデンティティについての議論を制限。

19歳未満の未成年者がジェンダーを肯定する医療を受けられないようにする。

トランスジェンダーを軍務から排除する計画。

・大統領令14183「軍の卓越性と即応性の優先」(2025年1月27日)

国防総省に対し、生物学的性別と異なる性を自認する個人を兵役から除外するよう指示。

部隊の結束、精神的・肉体的な即応性、全体的な軍事的効果に対する懸念を表明。

・大統領令14187「化学的および外科的切除からの子供の保護」(2025年1月28日)

連邦政府からの資金提供を差し控える。

各機関に対し、19歳未満の個人に対する手術、ホルモン療法、思春期阻害剤、その他のジェンダーを肯定する治療を防ぐための措置をとるよう指示。


まず、現在解っている大きな影響ですが

・パスポートの性別が出生証明書の通りになり、性別変更ができない州、手術要件が残っている州などのトランスジェンダーがその影響を受けています。オバマ政権時に診断書の提出により性自認にマッチした性別表記にでき、バイデン政権時にノンバイナリーの人が使えるようにX表記が可能となったので、これを身分証明書として使う人が増えたのですが、現在はそれが出来なくなっています。また、未確認情報ですが、すでに発行したトランスジェンダーのパスポートに対して、出生証明の再提出を求めるなどの状況も起こっているようです。

・オバマ政権時に終わった軍におけるDADT(Don’t ask, don’t tell:言わない、聞かない)が復活し、トランスジェンダーであることを軍の中で公にできない状況になっている。

・未成年のトランスジェンダーがジェンダークリニックなどでの診療が困難な状況に。但し、メリーランド州の連邦地方裁判所において、この大統領令は医療行為に関係ない政府が口を出すことではないと執行停止命令がでました。しかし、トランプ政権以前にアラバマ州 アリゾナ州 アーカンソー州 フロリダ州 ジョージア州 アイダホ アイオワ インディアナ カンザス ケンタッキー ミシシッピ ミズーリ モンタナ ネブラスカ州 ニューハンプシャー ノースカロライナ州 ノースダコタ オハイオ州 オクラホマ サウスカロライナ州 サウスダコタ テネシー州 テキサス州 ユタ州などが州法により禁止をしている状況であり州による格差がある状況です。

・「連邦政府の公式文書において、出生時に割り当てられた生物学的性別のみを認める。」これが拡大解釈され、トランスジェンダーの存在が消される事態になっている。まずは国務省のホームページからLGBTがLGBへと変更されたのを皮切りに、ついには、ストーンウォール国定公園のホームページまでもがトランスジェンダーを削除するに至ったのです。

これらの大統領令は、前回のトランプ政権時にも行われた施策の焼き直しであり、合衆国の当事者団体なども予想の範囲内とし、最初は冷ややかに冷静な反応を示していました。

しかし、その影響範囲がストーンウォール国定公園にまで及ぶと、その歴史改変が過ぎると多くの人や団体が声明を発表、即日現場にて街宣デモも行われています。

また、未成年の医療に関してもメリーランド州などで大統領令の差し止めを求める裁判が起こされ、未成年のトランスジェンダー医療に関する大統領令の差し止め命令が連邦地方裁判所で出ています。さらに、軍におけるトランスジェンダーの雇用問題についても、労働問題として現在裁判が始まっているようです。

バックラッシュはアイゼンハワー大統領から】

アメリカ合衆国におけるバックラッシュはこれが初めてではありません。1920年代の禁酒法時代から始まる「パンジークレイズ」と呼ばれた全米におけるドラァグクイーンブームや、1948年に発行された「キンゼイレポート」などにより、社会が同性愛を拒否する傾向が薄れる状況になりつつありました。そして、合衆国における本格的な同性愛者の人権団体マタシン協会が1950年に設立され、同性愛者が本格的に市民権を得るために動き出したのでした。しかし、1953年にアイゼンハワー大統領が同性愛者の存在を脅かす大統領令を発布します。この大統領令によって、アメリカ政府およびその関連機関でのゲイやレズビアンの雇用が禁止され、5000人以上が職を失ったと言われています。そして、この大統領令発布後、全米各地においてLGBTQ +への弾圧が行われるようになり、その一番のターゲットがトランスジェンダーやドラァグクイーンでした。異性装者の存在を否定する法律が作られ、警察と衝突する形で各地で大きな事件が起こったのです。

そして、1969年ニューヨーク市のゲイバーで起こった「ストーンウォールの暴動」はそれまで抑圧状態に耐えていたLGBTQ+当事者の怒りが爆発する形となり、公民権運動やベトナム戦争に対する反戦運動などの時期とも重なることで、性的マイノリティの本格的な人権運動が「GAY PRIDE」と言う言葉を掲げて立ち上がったのです。

そして「GAY PRIDE」の活動が10年を超えてその規模も大きく拡大した頃にエイズパニックに見舞われて、再び社会から強いバックラッシュに見舞われたのです。エイズは当初同性愛者特有の病気と言われ、この病気を元とした様々な差別も広がりました。この差別に対して、一度は分裂の危機にあったLGBTQ+の人たちが団結し、ACT UP(AIDS Coalition to Unleash Power)などの更なる人権活動を展開することにより、疾病による差別への抵抗を訴え、さらにHIV治療の研究を加速させたのです。

【アメリカにおけるパスポートと身分証明書の話】

さて、今回の大統領令に関して、特にパスポートに関する仕組みについてあまり理解されていないようなので、改めて解説します。アメリカ合衆国での身分証明書の発行は、多くが州政府や地方自治体の管轄です。つまり、合衆国政府が直接関与するものではありません。そこで、2010年のプライド月間にオバマ大統領(当時)が、パスポートの性別表記について緩和を発表しました。国が発行するパスポートに関しては、診断書があれば希望する性別に変更できるようになったのです。これをさらに進めたのがバイデン前大統領で、ノンバイナリーの人々に対応するため、パスポートの性別欄に「X」を導入しました。

身分証明書の発行は基本的に州や地方自治体の管轄なので、これらは合衆国政府の政策方針の影響を直接は受けません。今回の大統領令における「出生時の性別」というのは出生証明書のことで、これを管理するのは州の役割です。州ごとに性別変更のルールが異なり、現在過半数の州では手術要件なしで出生証明書の性別変更が可能です。手術要件がある州は約10州、性別変更ができない州も約10州あります。

パスポートの性別変更については、このような性別変更が難しい州に住むトランスジェンダーの人々にとっては、パスポートが重要な身分証明書となります。これが使えなくなることが問題です。しかし、この話はアメリカ全土に当てはまるわけではなく、地域によって状況は異なります。また、出生証明書に依存しない身分証明書を発行している州や自治体自治体もあるため、パスポートだけで全てが変わるわけではありません(不便になることは確かですが)。ちなみに、ノンバイナリー対応の身分証明書を発行している自治体もあるため、全米全てがトランプの一声で変わるわけではありません。

【社会のトランス嫌悪を増幅するトランプ】

一方で、トランプ政権における懸念は、大統領令の悪影響は公共サービスそれ自体よりも、企業社会が多様性推進から撤退することや、トランスジェンダーに対するヘイトクライムが「公認」される世の中の雰囲気が醸成されることにあらわれます。マクドナルドやMETA、日本企業ではトヨタなど多くの企業がDEIプログラムの停止・縮小を発表しましたが、これはイーロン・マスクの影響はもとより、人権よりも収益を優先する結果なのかもしれません。これらの動きは、トランプ大統領が発信したものというより、トランプ自身もこのイーロン・マスクらが煽動した企業社会側発のバックラッシュを、トランプが大統領令を用いて増幅させ、より多くの企業がそれに同調したという負の連鎖だと考えます。トランスバッシングがビジネスとして、あるいは政治として“ウケる”から、双方がこれに乗っていくかたちで、ヘイトとビジネスが結びついてきている状況を示しています。

それでも一方で、AppleやCOSTCOなどは引き続きDEIに取り組んでいくと声明を発表している企業もあり、今後もiPhoneを使い続け、ハイローラーを美味しく食べられるので悲観するばかりで無いことも重要な点です。

【これから何が起こるのか?】

嵐の様に始まったトランプ政権の下では、今後ヘイトクライムが苛烈になることが予測されます。それは、企業や社会全体でヘイト行為が容認される空気が広がるということで、前期のトランプ政権下では、全米各地でBLM(ブラック・ライヴズ・マター)のデモへの対抗として白人至上主義者が自動小銃などの武器を持ち出し、非常に危険な状況が発生しました。さらには、デモ隊に車で突っ込むなど、常軌を逸した行動を取る人々も現れたのです。トランスジェンダーに関して言えば、政権末期の2020年には、確認されているだけで41人のトランスジェンダーが殺害されるという過去最悪の数字となり、これは性別変更などが行われていることが明確な人々のみがカウントされているので、実際にはもっと多くのトランスジェンダーが被害に遭っていたと考えられていて、悪夢のような状況が再び訪れる可能性があるのです。

【これは対岸の火事? 私たちがいますべきことは?】

このように、アメリカ合衆国の未来は楽観視できない状況にあります。しかし、日本から見て「アメリカはひどい」と対岸の火事のように言っていたり、状況分析もしないで恐怖を煽るような報道などを見ると、どこか事の本質を捕らえていないのでは?と言う思いになります。

考えてみてください。アメリカ合衆国では2015年に同性婚が法制化されており、これはトランプ政権時でも変更されていません。また、選択的夫婦別姓が認められ、中絶は議論があるものの女性の権利であり、2024年からはピルの市販・ネット通販が解禁になるなど、女性の権利拡大にも積極的で、日本とは大きく状況が異なっているわけです。このコラムを書いている最中にも、外務省が「日本から国連人権高等弁務官事務所への任意拠出金を女性差別撤廃委員会(CEDAW)に使うな!」というとんでもない態度表明がありました。

 移民政策についても、アメリカには確立された移民保護・共生プログラムがありますが、日本にはまともな移民・難民の受け入れに関する基本法移民プログラムは存在しません。その一方で、問題のある技能実習制度や、外国人労働者に依存する社会の構造があります。外国籍住民はある時は労働力として搾取されながら、ある時は治安維持の名目で拘束や排除の対象となるのが日本の現実です。さらに、日本では気に入らない外国人を強制送還できるように入管法が改正されたりしているのです。

つまりは、トランプ政権の政策方針がすでにある程度現実化しているのが、現在の日本と言えるわけで、アメリカの政策と比較しても、日本の方がはるかに過酷な状況と言えるのではないでしょうか。もちろん、アメリカの状況は確かに深刻です。けれど、そうは言っても「自由の国」。トランピズム(Trumpism:MAGAに代表されるトランプの政治思想)に抵抗する主体も数多く存在するのです。

私たちはアメリカで起こるであろうヘイトに対して共に怒り、抵抗し、最大限の連帯を示すことが大事だと考えます。しかし、連帯の具体的手立ては、日本においての差別に抵抗することから始めて、トランピズムが世界標準にならないようにすることが大切では無いでしょうか?

今年はアメリカ本国はもとより、世界各地でトランピズムに抵抗する声が上がることは間違いないです。

是非、私たちも多様な人たちが難なく生きられる社会を目指して、屈すること無く志しは同じであるとPRIDEを掲げて行きませんか?

コラム執筆:畑野とまと

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