経産省に勤務するトランスジェンダー女性職員が、執務中のトイレ利用において制限を課されている問題について、最高裁は昨年7月、これを違法とする確定判決をくだしました。それにも関わらず、当該制限がなんら改善されておらず、その職員の方はいまに至っても不公正な扱いをされていることが、先ごろ報道により明らかになりました。
2024年10月1日、わたしたち一般社団法人TransgenderJapanは、このことについて経産省・人事院に対し強く抗議し、この職員の方へのトイレ使用制限の撤廃を求め、要請文を手渡しました。この要請行動には、大椿ゆうこ参議院議員(社会民主党)、石川大我参議院議員(立憲民主党)に同席していただき、経産省・人事院それぞれの認識や、現状の取り組みをうかがいました。以下にその内容を報告します。
経産省に勤務するこの職員が、自らが望むトイレ利用のあり方について経産省と話し合い、制限を課せられたのは2010年のことであり、人事院に救済を求めたのは2015年のことです。このとき人事院は円満な解決を目指しながら、結果的にこの不公正な制限を是認するに留まりました。そのため、この職員の方は司法にその判断をあおぎ、昨年、最高裁は、この制限に対して違法であるという判決をくだしました。人事院の行った判断へ是正がつきつけられ、経産省には制限を撤廃し改善のための取り組みが促されたと、わたしたちは認識しています。
今回の要請のなかでお話をうかがったところ、経産省は最高裁判決を以てしても「現状では、多くの職員の理解を得るため研修など取り組みながら、この制限をどのようにするか総合的に判断していく」とのことで、「理解を待っている」ようなお答えでした。理解が定量化できるようなものでないとの認識は示されていましたが、なにを以て「総合的な判断」がなされるか、制限が解かれる時期の見込みについても、具体的なお話をうかがうことはできませんでした。
この話のとおりであるなら、ここでは、他職員の「理解」とこの職員の方の「人権」が秤にかけられており、「理解」が得られるまでは差別の状態がすえおき続けられることになります。弊団体からは、個別の差別問題に対して、多くのマジョリティの意見を聞いたり理解を待つかたちで相対化を図ることは、差別を温存するパターンだと指摘させていただきました。
大椿議員からは、最高裁判決以降、経産省が取り組んでいる理解のための研修と、制限の撤廃とは、別々に取り組むべきものであり、まず先に差別にあう職員への制限を撤廃をすべきであるとの指摘がありました。制限を撤廃することによって、理解がなされていくものです。また、トランスジェンダーの職場での困難に対して、労働組合なども含め取り組まれてきた事例があること、それらの知見を経産省につなげる提案もしていただきました。
石川議員からは、そもそも2010年につくられたこの制限は、どのような根拠によるものか経産省へ質問がされましたが、経産省の同じフロアの職員へのアンケートに「女性トイレでトランスジェンダー女性に会うと、びっくりする」というような声があったこと以外に、具体的な根拠は示していただけませんでした。また石川議員から今回の要請で話をうかがった経産省職員の方へ、最高裁の判決後、制限が撤廃されないままである現状は、違法かそうではないか、認識を問うていただきましたが、明確な答えはありませんでした。
一方、人事院は最高裁判決を重くみており、判決後も1年以上に渡り制限がそのまま改善されていないことに対し、可及的速やかにあらたに判定を出す意向を持っているとのことでした。わたしたちとしては、これに期待するところです。経産省は、このように人事院の判定を待たずとも自ら制限を撤廃できるはずであり、あまりに無責任ではないかと考えます。
行政機関は、社会をよりよい方向へ、前に進める責務があり、だからこそ自らがそれを体現する労働環境の改善に取り組んでいただきたいです。また中央の行政機関に従事するみなさんが、社会で現に起こっているトランスジェンダー差別の言説について普段から無関心なことが今回の出来事の背景にあるようにも考えられ、ぜひ社会にあふれている差別言説に目を向けていただきたいと、伝えさせていただきました。
経産省・人事院には、ただちにこの制限の撤廃を、強く求めます。
今回の要請は、大椿ゆうこ議員、石川大我議員、それぞれ議員事務所のスタッフのみなさんに協力していただくことで実現しました。改めて感謝申し上げます。
2024年10月1日
経済産業大臣殿
人事院総裁殿
一般社団法人TransgenderJapan
代表 畑野とまと
【要請】トランス女性職員の女性用トイレ使用制限を撤廃してください
平素より、大変お世話になっております。私どもTransgenderJapanはジェンダー平等をめざす究極的な社会的公正の構築を理想に掲げ、日本においてすべてのトランスジェンダーが安心でき、また、お互いをサポートできる環境をつくることを使命に活動する一般社団法人です。
経済産業省(以下、経産省)に勤務する50代のトランス女性職員が、執務するフロアとは2階以上離れた女性用トイレを使用しなければならないという制限を課されている問題(以下、経産省トイレ事件)につき、2023年7月11日、最高裁は違法であるとの確定判決をくだしました。にもかかわらず、1年以上経った現在も経産省および人事院はその制限を取り払っていないことが報道により明らかとなりました。
私どもTransgenderJapanは経済産業大臣および人事院総裁に対して、当該トランス女性職員への女性用トイレ使用制限をただちに撤廃することを強く求めます。
以下に、要請理由と現在の経産省および人事院の対応の問題点を述べます。
経産省トイレ事件の最高裁判決では、すべての裁判官が補足意見として「自認する性別に即して社会生活を送る」ことを「重要な利益」「切実な利益」と位置付けています。割り当てられた性別とは異なる性別で日常生活を送るトランスジェンダー当事者が、排泄という正当な目的があるにもかかわらず、自認する性別のトイレ使用を制限されるのは、人格権に照らして不当なものであることは明らかです。
2023年6月に成立・施行されたLGBT理解増進法では、第4条および第5条において、国や地方公共団体の努力義務として、「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する施策を策定し、及び実施する」との規定があります。トランスジェンダー当事者による”差別を解消してほしい”という切実な願いをもとに提起され、最高裁で確定した裁判の判決を行政機関が守らないのは、理解増進法が目指す方向とは完全に逆行し、行政機関みずからが差別を再生産していると指弾されても致し方ない事態と言えます。このような状況を鑑みると、そもそも経産省が行った制限はトランスジェンダーへの無理解によるものではなく、もとより差別意図があったのではないかという疑念さえ想起させます。
また、行政が司法の決定を無視し続けることは立法・行政・司法の三権分立を宣言した日本国憲法第41条、65条、76条1項に反しており、それは、立憲主義に基づく社会の危機です。国家権力の暴走は、日本国憲法に定める三権分立が一応は機能してきたことにより、なんとか食い止められてきましたが、最高裁判決を行政が無視する事態によって揺らぎつつあります。
トランスジェンダー差別をはじめとしたあらゆる差別への国の対応においては、被差別当事者の救済と制度的差別の根絶という2つの視点が必要です。国は差別の解消に責任を持つ主体であり、差別を放置・再生産してはなりません。今回、司法はその責任を全うし、経産省に対して研修の実施といった具体的行動の進言さえしています。行政機関たる経産省および人事院には、司法判断を踏まえた被差別当事者の救済に責任を持ち、当該トランス女性職員への女性用トイレ使用制限をただちに撤廃することを重ねて強く求めます。