2024年7月10日、広島高等裁判所は性同一性障害特例法(以下、特例法)性別変更5要件に含まれる2つの手術要件のうち、外観手術をすることなく戸籍上の性別を男性から女性に変更することを認める決定を出しました。本件に関しては、昨年10月25日最高裁判所大法廷が生殖能力喪失手術要件について日本国憲法13条に違反し無効である旨の判断をし、外観手術については高裁差し戻しとなっていました。広島高裁決定は外観手術要件について「違憲の疑いがあるといわざるを得ない」との判断を示したと報道されています。最高裁大法廷が示した生殖能力を喪失させることの違憲性を引き受け、さらに身体的インテグリティ〈身体不可侵性〉を人権として重要視したものであり、TransgenderJapanはこの判断を歓迎します。
本決定のほか、先行していた手術なしで戸籍上の性別変更を認める決定(いずれも女性から男性への変更)によって性別変更5要件のうち2つの手術要件については事実上無効となりました。生殖能力を保持したまま戸籍上の性別を変更する事例が発生したことや、昨年10月25日の最高裁大法廷判断の一節1、女性カップルとその間に生まれた子との間に父子関係を認めた先月21日の最高裁判決等に鑑みて、所謂子なし要件についてもその妥当性が揺らいでいると言わざるを得ず、再検討が必要です。未婚要件についても、同性婚の法制化を進めながら、これを廃していかなければなりません。
あわせて、手術を伴わない性別変更を前提とした各種施設設備の整備、影響を受ける諸制度についての調査および改善も今後の課題です。例えば更衣室は、男女別に分かれてはいるものの、個室・半個室までは整備されていないところが数多くあります。プライバシー保護の観点から言えば男女別のスペースのみへの固執は不十分あるいは無意味であり、“個人の空間”をどう確保するかを検討する必要があります。この作業を通して、各種施設設備基準が向上することを望みます。また、特例法の要件であるか否かにかかわらず、外観手術等を望むトランスジェンダー当事者のサポートの充実も重要です。現状ではホルモン療法に対して保険が不適用であるが故に、混合診療となる手術には保険適用がされづらくなっています。ホルモン治療の保険適用やその他の補助制度の充実を通じて手術を求める当事者の経済的負担をできる限り抑える必要があります。
広島高裁決定を受け、トランスジェンダーの問題=風呂・トイレ問題と矮小化し、トランス女性を性犯罪者予備軍と見做す言説がSNS上に再び溢れています。多くの投稿は「素朴な不安」を文字化したものですが、その不安を増幅させトランス差別に動員する扇動者がいます。トランスジェンダー全体を手術を受けた“良きトランス”とそれ以外に分断し、客体化ー他者から評価を受ける存在ーさせようとするトランス差別言説には改めて抗議します。
司法はトランスジェンダーが”主体的に生きる”とはどういうことなのかを真摯に検討しています。立法府にはアイデンティティの自己決定を基本とした特例法の抜本的改正をはじめ、次々と示される司法判断に応答した法制度の整備を強く求めます。
最後に、外観手術を伴わない性別変更を認める司法判断を引き出すに至った原告と弁護団の方々に心からの敬意を表します。
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- 「性別変更審判を受けた者が変更前の性別の生殖機能により子をもうけると、「女である父」や「男である母」が存在するという事態が生じ得るところ、そもそも平成20年改正により、成年の子がいる性同一性障害者が性別変更審判を受けた場合には、「女である父」や「男である母」の存在が肯認されることとなったが、現在までの間に、このことにより親子関係等に関わる混乱が社会に生じたとはうかがわれない。」(令和2年(ク)第993号性別の取扱いの変更申立て却下審判に対する抗告棄却決定に対する特別抗告事件 令和5年10月25日大法廷決定 印刷版P8) ↩︎
※昨年の最高裁判決全文添付します。