2025年1月22日、「女性スペースを守る会」(以下、女スペ会)がアリエル・クッキー・リュウこと劉靈均氏(以下、劉氏)のX(当時はTwitter)投稿が名誉毀損だとして提訴した裁判の東京高裁判決が言い渡された。反訴被告である劉氏の全面勝訴となった横浜地裁判決が取り消され、劉氏に対して当該投稿の削除や女スペ会に対する10万円などの支払いが命じられました。劉氏は上告する方針であり、弊団体は引き続き劉氏を支援します。
まず、この東京高裁判決は、“女スペ会の言動は差別ではない”とお墨付きを与えるものではありません。本判決には「個人がその真に自認する性別に即した社会生活を送ることは重要な利益であり、とりわけ、トランスジェンダーである者にとっては切実な利益であることは明らかである」という書き振りがあります。さらに、女スペ会の活動に対して「トランスジェンダーに対する差別に当たると考え、トランスジェンダーの基本的人権を守るという観点から、反対の意見ないし評論を表明すること自体は正当であり、そのような意見ないし評論を表明する自由は十分に保障されるべきでものである」ことも明記されています。
女スペ会の主張はチラシ『女性用スペースは女性のもの』や冊子『トランス女性は「女性」ってほんと?』、『女装関係事件リストnote公開用20231227』といった資料からトランスジェンダーを“性犯罪者予備軍”や“性犯罪を容易にする存在”と位置付けていることが読み取れます。2023年10月25日に最高裁判所大法廷が性同一性障害特例法第3条1項4号を違憲無効とした憲法判断を受けて同月30日に発出された『最高裁判決についての女性スペースを守る連絡会の声明』では、この主張がより鮮明に表れています。
「法的女性とは精巣の除去、陰茎を切除した人であることが前提となっており、それが性犯罪目的などにより、男性から女性に法的性別を変更する人はまずいないというハードルになっていたからである。」
「性犯罪目的の男の一定数は、生殖腺除去を要せず、更に5号要件である陰茎の除去もなくなることとなれば、何としても法的性別を女に変更するよう努力するだろう。最高裁は、女性の安心安全という生存権を劣後・矮小化してしまった。」
個人の人格の根幹に関わる属性を一律に犯罪可能性・誘引性と結びつけ、その属性を持つ者の人格権・幸福追求権を原則否定する女スペ会の主張はまぎれもなく差別言説です。
東京高裁判決で劉氏に投稿の削除や10万円などの支払いが命じられた主な理由は「異なる見解を持つ相手の立場や考えも十分に尊重し、冷静かつ節度を以った議論をすべき」ところ、女スペ会と劉氏の間で「本件アカウント上で控訴人(女スペ会)の活動に関する意見ないし評論のやり取り等がなされていない状況下」で「具体的な理由を一切明らかにすることなく」「極めて否定的かつ断定的な価値判断を示す表現を用いて控訴人(女スペ会)を批評」したことによって「投稿の一般の読者にとっては、控訴人(女スペ会)の悪性が強く印象付けられることに」なり、投稿は「控訴人(女スペ会)を揶揄し、悪意をもって人身攻撃に及ぶものと言わざるを得ない」というものであり、いかにも形式論です。トランスジェンダーの歴史は、その不存在を当然とする社会の中で人間的生存を求め、認知の向上と必要な法制度の改善に努めてきた営みです。女スペ会の言動はこの営みを無にし、トランスジェンダーに対する憎悪及びトランスジェンダーとシスジェンダー女性の分断を煽り、両者の人間的生存の可能性を著しく奪い取るものです。このような言動を悪質な差別であると指摘することは、ジェンダー平等の達成に向けた公共の在り方について議論を深めるために欠かせない言論です。横浜地裁(第一審)判決は「本件投稿の目的は、トランスジェンダー差別に反対する目的であったと認められるから、その主たる目的は公益を図ることにあったということができる」とし、言論内在的な判断をしています。書き方の問題に終始した東京高裁判決は誤りであり、上告審(最高裁)で再び言論内在的な判断がなされることを望みます。
2025年1月24日
一般社団法人TransgenderJapan