2026年6月30日、アメリカ連邦最高裁判所はトランスジェンダー女性の女子スポーツへの参加を制限する州法を支持する判断を示しました。これは、ウェストバージニア州法である「女子スポーツ保護法」(2021)とアイダホ州法である「女性スポーツにおける公平法」(2020)が合衆国憲法違反だとする原告各々の訴えを退けたものです。それぞれの州法がアメリカ公民権法第9編1〈学校における性差別の禁止〉と合衆国憲法修正第14条〈法の下の平等〉に反していないかが検討され、前者は判事9名全員が違反していないと判断し、後者は保守派6名が合憲、リベラル派3名が違憲との判断を示しました。
今回対象となった「スポーツ」とは、オリンピックやプロスポーツではなく、学校教育やクラブチームでのスポーツです。また、あくまで州法による規制を支持する判決ですので、これにより即時にアメリカ全土でトランス女性が女子スポーツから排除されるわけではありません。
その上で、TransgenderJapan(TGJP)は、この判決に以下の理由から強い懸念を表明します。
私たちは、スポーツ全般における公平性は必要だと考えます。しかし、SEXに基づく男女の区分がどんな場合でも公平性を担保するわけではありません。特性に応じた競技種目ごとの「公平な区分」を探し求めることがスポーツにおける包摂の実践であるはずです。スポーツには体育の授業、部活動、クラブチーム、競技スポーツまで、異なる目的をもった多様な機会があります。目的によって公平性の基準は変わりうるものです。この違いを考えずに「男子スポーツ」「女子スポーツ」という区分ばかりを意識しているのが、先に示した2つの州法とそれを支持する最高裁判決です。これらは、教育現場が包摂の実践に取り組む機会と、トランス生徒の学びと参加の機会を奪っています。トランス女子生徒の排除に躍起になり、トランス男子生徒やノンバイナリー生徒の存在は考慮さえされていないという点では、広義のトランスジェンダー全体が排除されています。スポーツの公平性を向上させるにあたり、排除は足枷でしかありません。
包摂されるかされないかは、子どもたちの人格形成に決定的な影響を与えます。幼い頃から一貫して自身のジェンダーを表現してきた子どももいれば、成長とともに自らのGENDERを自覚し、周囲に伝えるきっかけがなくて悩み続ける子どももいます。学校教育としてのスポーツからトランスジェンダーが排除される制度設計は彼ら/彼女らに「歓迎されない存在」という自己認識と自己否定感を植えつけるでしょう。その結果、信頼できる先生や友人に自分のことを話したり相談したりすることをためらい、孤立を深めてしまうかもしれません。子どもたちが先生や友人たちに包摂されながら、自分らしく成長できるのが学校教育であるはずです。本判決は、子どもの成長という重要な価値への配慮が十分ではありません。
さらに、トランスジェンダーの人口比率はおおよそ0.3〜1.0%程度ですので、生徒の数もそれほど多くはありません。にもかかわらず、トランス女子生徒が女子スポーツに参加するという極めて限定的な事象が過剰に政治問題化されている現状に対しても、私たちは強く違和感を覚えます。
本判決に勢いづいて、アメリカ国内でのトランスジェンダーに対するヘイトクライムや制度的差別が一層深刻化すること、そして、日本を含む世界各地にその波が及ぶことを憂慮します。一方、すでにHuman Rights CampaignやNational Center for Lesbian Rights、Athlete Ally、GLAADなどいくつもの団体・個人から判決に対する抗議声明が発表されています。私たちはこれらの声に連帯し、包摂とトランスジェンダーの権利回復のために闘い続けます。
考えるべきは「誰を排除するか」ではありません。
学校とは何のためにあるのか。スポーツとは何のためにあるのか。
子どもたちが互いを尊重し、多様な人々が共に学び、成長できる教育環境をどのように築いていくのか。
その問いこそが今、最も重要であると考えます。
2026年7月1日
一般社団法人 TransgenderJapan
- “No person in the United States shall, on the basis of sex, be excluded from participation in, be denied the benefits of, or be subjected to discrimination under any education program or activity receiving Federal financial assistance. “「米国内における全ての者は、連邦政府の財政援助を受けているいかなる教育プログラム若し くは活動においても、性別に基づき、その参加を拒まれ、その利益の享受を拒否され、又は差 別の対象となってはならない」 ↩︎

